実は私は教員免許を持っていて
大学に入ってから5年ほど学習塾でアルバイトをしていました。
一応本職は理科でしたが、
器用貧乏とはこのことを言うのか
小学生の国語科から成人相手の数学まで
隙間産業的にこなしていました。
ただ、中学受験の指導だけは拒否し続けました。
理由のひとつは私自身に中学受験の経験がないからでしたが、
もうひとつの理由は私の過去の思い出に起因します。
大学に入ってから5年ほど学習塾でアルバイトをしていました。
一応本職は理科でしたが、
器用貧乏とはこのことを言うのか
小学生の国語科から成人相手の数学まで
隙間産業的にこなしていました。
ただ、中学受験の指導だけは拒否し続けました。
理由のひとつは私自身に中学受験の経験がないからでしたが、
もうひとつの理由は私の過去の思い出に起因します。
私が9歳のときに転入した奈良の小学校は
ニュータウンの真ん中にありました。
バブルの頃、この住宅街は
関西の中でも高嶺の花で
公立でありながら経済的に非常に豊かな
所謂「ええ氏の子」がたくさんいました。
その小学校の近くには同じく
公立の中学校があったのですが、
その中学校が当時
「受験に弱い」という評判が立ったため
そして非常に近いところに
あの進学校があったため
5人に1人くらいでしょうか?
私立の中学校を受験していきました。
ただ全てがうまくいくことは稀で
当然ながら不合格になった子
合格しても途中でドロップアウトしていく子がたくさんいて、
そんな子達が公立の中学にたくさん流れ込んできました。
小学生の頃から受験勉強をしてきた彼らは
公立中学の中で成績が良かったかというと
決してそうではありませんでした。
むしろもう受験はたくさんとばかりに
勉強そのものから手を引く子が多かったかもしれません。
最終的には
「凡庸な」田舎の公立高校に進学していったように思います。
一番記憶に残っているのは
その町でも際立った大豪邸に住む男の子で
その子のご両親のことは見事に記憶にないのですが、
私学受験に合格したものの
直後に人格が破綻してその学校を退学し、
私の名目上のクラスメートとなった子がいました。
彼は学校そのものを拒否し続けて
公立も一日も通わないまま
卒業ということになりました。
一概に言えないのは百も承知なのですが、
自分の人生に落とし前のつけられない年齢で
人生の一部を決断させるような
受験をすることには反対しています。
落ちたらどうするのか、だけでなく
受かった先どうやって生きていくのか
そのヴィジョンを親や周囲の大人たちが
ゲームの駒のように決めると
いつか破綻するときを迎えます。
仮に破綻しても
本人と家族がその責任を取りきれるほど
精神的に成熟していれば問題がないのですが、
その成熟のチャンスを逃すと
非常に哀れです。
そんな人間を図らずもたくさん見る機会に恵まれました。
今も、真夜中の駅では酒臭い大人よりも
おそろいのかばんを背負った小学生であふれかえっています。
私の年代では有名進学塾は大阪にしかなく
夜の電車は子供だらけでしたが、
最近は駅前に塾が開校したために
電車の中は静まり返っています。
そして電車を降りたら
闇の向こうから青白い子供の声。
どちらにしても健全な町の姿とは思えません。
最近結婚した友人は
「この町は年寄りだらけだから」
といって、
同じ奈良でもやんちゃな子供の多い町へ引っ越しました。
実家のある町も
若い子はみな大学入学と同時に町を去り、
年寄りだけが残るようになりました。
お屋敷があるエリアでも然り。
全てが年老いました。
あれだけ手間とお金をかけて育てた子が
二度と帰ってこなくなることが
あの親たちの望んだことなのかどうか
私には知る由もありません。
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